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2008年01月20日

冬は冬なりのおもしろさ

昨日、今日と例年通りJR釧網線『SL冬の湿原号』が弟子屈町の川湯
温泉駅まで運行され、沿線でも例年通り鉄道ファンやカメラマンがSLの
おっかけをしていました。
釧網線と平行している国道391の路肩には、良いポイントと思しき所々に
車が停まって、いつもの閑散とした冬道とは違う賑わいなのも例年通り。

川湯温泉駅ではSL特需で、顔見知りの若い地元の人達が乗客や見物
人の整理とか駅前の飲食店のアルバイトにかり出されます。
冬季の仕事がほとんど無いこの辺では、たった2日間とはいえちょっとした
お小遣い稼ぎになるかもしれません。

私共も移住した年の冬に『SL冬の湿原号』に乗車しました。
夫は機械好きなので満足したようでしたが、私にとっては列車内はフツー
の列車内であり、たしかに車両内にだるまストーブがあってスルメをあぶっ
ている人もいましたが、それは観光列車だからのイベントで、車窓からの
景色もフツー(丹頂ツルが見えた場所や、エゾ鹿が数頭、線路脇にいた所
もありましたが、そんなのはこの辺ではそれほど珍しい光景でもない!)
なので、あまり楽しめませんでした。

『SL冬の湿原号』は乗るより走る姿を見るべきものだと思います。

DSC05007.JPG

ところで、上の写真は湯気でくもったガラス窓を楕円形に拭いて外の
景色を見たものです(説明しなくても分るか…)。
ちょっとアールヌーヴォー調に見えませんか?ガレとかドーム兄弟
のガラスデザインの発想は実はこういうところからかも…などと冬の朝
お風呂に入りながらこんなことをして楽しんでいます。

もうひとつ、お風呂の窓を開けるとガラス面の水滴がしたたり落ちなが
らすぐ氷って、ひずみガラスのようになるのです。そのゆがんだ面を通
して見る外の景色も、とてもふしぎで美しい。バロックってこれか?


2008年01月06日

年末・年始

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

年末は29日に湿った雪が降ったので、30,31日は今季初の除雪をし
ました。
夫は除雪機で前の道路から我が家の玄関先までの道つけ。私は屋根
から落ちて溜まっている雪の小山をくずす作業。
例年このような分業体制です。今回は湿った重い雪だったので、粉雪
なら簡単に吹き飛ばせる除雪機の作業もなかなか大変だったようです。

私の方も、水分を含んだ雪の表面が夜の間に凍ってガチガチ。それを
金属のシャベルで割り、下の方の重い雪と共に“ママさんダンプ”(巨大
な平べったいプラスチックシャベル)で適当な場所に押しやって、雪を平
面化させていきます。我が家の場合、屋根からの落雪で雪の小山がで
きるのは4ヶ所ですが、これらを全て処理するのに2日がかりでした。

さて、大晦日。夕方から夫が年越しそばを打ち始めました。
移住した年の冬に、町が開いたそば打ち教室に二人で参加したところ
悔しいことにも夫の方がじょうずで、なんと講師にもほめられたのです。
それ以来、何回やっても夫は意気揚々、私はむくれるでだんだん差が
開くばかり。
夫は年に数回そば打ちをし、友人を呼んでふるまうわ、打ちたてのそば
を知合いに分けてあげるわで、内心自信ありの様子。
「今回はまあまあの出来だな」などと謙虚っぽく余裕をかましたりする!
ともかく一昨年から年越しそばは夫の手製が恒例となりました。
因みに我家の年越しそばは盛そばで精進揚げを一緒に食べます。


2008.多和平の初日の出

元旦は朝5時に起き、初日の出を見に多和平(たわだいら)に行きました。
多和平は隣町、標茶町の町営牧場で広々とした小高い丘です。この辺で
はちょっとした初日の出見物の名所。6時15分頃到着すると駐車場は車で
満杯。餅つきの実演があり、その餅を入れたお雑煮は1杯¥100、ラーメン
の屋台や温めた牛乳の無料配布など賑わっていました。
6時52分、初日の出。雲間から強い赤い光が射しましたが、残念ながら円
形の太陽は見えませんでした。

だんだん天気が良くなってきたので私は昼寝(元旦から!)の後、地元の
熊野神社に初詣に行きました。夫は私の昼寝に呆れて一足先に散歩に
出たようです。
雪道を歩くこと20分ほど、神社に近づいても午後からは初詣の人影もあり
ません。神殿に近づくと、中に神社のお守役の人達が詰めているらしい。
さて、いよいよ中の様子が見えるきざはしの際まで行くと! なんと神殿の
床には新聞紙が延べられて5円玉、10円玉などが硬貨別に並び、『本日の
お賽銭』の仕分け勘定中の様子。
私は大いにあせり「あの、お参りしてよろしいんでしょうか」とか何とか口走っ
たところ、中の人達もいささかバツが悪そうに「いやア、これから来る人は少
ないんでね」と。
その上、私が用意してきたお賽銭はもちろん小銭。「申し訳ありません、小
銭で…」とすっかり空になっているらしい賽銭箱に落とすと、パラパラとむなし
い小銭の響き。「いいんですよ」と中の人。なんちゅう会話だ!

かしわ手を打ち神妙にこうべをたれて手を合わせ、一礼して神殿を下がって
帰途、よくよく考えてみると、あまり予想外の展開に私は神様に何も祈って
こなかったことに気付いたのです。
今からでも遅くはないかな? 家内安全、健康第一、良縁成就…

2007年12月23日

クリスマス気分

今年のクリスマス気分は、11月末に夫が言った「イルミネーションはいつもより
遅くしようぜ。電気代もかかるしな」でとりあえずショボーン。

庭の良い位置に1本だけ生えているエゾマツの4mくらいの生木に、去年クリス
マスイルミネーションをしたらご近所の人達に「きれいだねー」と喜ばれたので
今年もと意気込んでいたのに。
でも夫も譲歩、私も譲歩で12月5日めでたく点灯。

英会話でご一緒のY夫人の家でイルミネーションを飾ったから見てねと言われ
たので早速見に行きました。
軒下のツララふうの縁どりや青いツリーが神秘的な印象でしたが、翌週レッスン
でお会いすると「週末に又飾ったの。夫の趣味でカワイイのを買ったから」とのこと
で、その晩又見に行ったら今度は観覧車と汽車ポッポの可愛いアイテムが増えて
いました。
ご主人は冬休みに来るお孫さんを喜ばせたいと思われたのでしょうね。


我家のキャンドルもカワイイ

11日には忘年会なのかクリスマスパーティなのか分かりませんが、ともかく
ランチパーティがあり、本格的な自家製の七面鳥ローストを頂きました。
焼いたのは弟子屈町唯一の女性議員Iさんで、神奈川県から20年以上も前
に移住してきた方。もともと英語の先生だったので欧米の風習に詳しく、料理
もお上手。七面鳥も焼汁でグレービーソースを造った正統派です。

このランチパーティでも17日の英会話クリスマスパーティでもプレゼント交換
があったのですが、その調達がけっこう苦になります。¥500程度といわれるの
ですが、いまどき大人向けで¥500のプレゼントはキビシイし、この辺では選べ
る店も少ないのです。老若男女を問わない¥500の図書カードにして週刊誌で
も買ってもらうのが良いかのも…

英会話クリスマスパーティは川湯温泉のMホテルで。3年前最初に参加した時
は「ン? これがクリスマスパーティ? 椅子席の宴会だよね」という感じでしたが
それにも慣れ、今年テーブルに並んだ刺身盛り合わせ、おでん、海鮮寄せ鍋,
茶碗蒸しなどのメニューを「カナダ人もアメリカ人(出席したAETの出身地)も、
ここにいるからこその食文化をよーく経験しておいてね」と思うようになりました。

今回のパーティはなかなか面白いメンバーが集っていて、韓国通の人、映画を
熱く語る人、蝶仲間のメル友に会いにベルリンへ行った人などの興味深い話を
聞くことができて楽しかったですよ。

クリスマス気分のラストは、26日に3組の知人夫妻と外で会食する予定です。
うち2組はクリスチャンでもいらっしゃるので、敬虔な気分の余韻を少し分けて
頂けるかな。

このところ夜空の星が素晴らしく輝いています。
イエスの降誕したおよそ2000年前のイスラエルの夜空もきっとこうだったので
しょう。


2007年12月09日

雪とクリスマス

この前、東京から帰ったらうっすら雪景色でビックリと書きましたが、今日
「まだ積雪がないのでビックリ」と書かなければなりません。
そうなんです。あれ以来、時折小雪は舞うのですが、積るのはうっすらとで
太陽が出ると消えてしまいます。

昨日、夫がよくブログに写真を載せている恒例『花ふらりミニミニコンサート』
の今年最後になる”ホワイトクリスマスコンサート”に行きました。
東京芸大出身の若い女性音楽家4人が熱演して楽しいコンサートでした。
彼女達はトークで口々に「北海道だから絶対雪だと思っていたのに違う
のでがっかり…ぜひ真っ白な雪景色を見たい!」。演奏途中で少し雪が
ちらつき始めると「あっ、降ってきましたね!」と嬉しそうでカワイイの。

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移住した2004年、翌2005年は奇しくも同じ12月6日に大雪が降り冬に突入。
昨冬はシーズン全体でみると雪は少なかったのですが、11月半ばに雪が
降り、一旦消えて月末にまた雪。12月9日には雪かきをしたと日記に書いて
あるので、昨年の今頃は雪景色だったようです。

以前、地元の年配の方から聞いた話だと「昔は、雪は12月末にならんと降
らんかったよ。この頃はおかしいね、雪が早くて」らしいので、実は今年がこ
の辺りの気候のスタンダードなのかもしれません。
地球温暖化の影響で少しずつ降雪の時期がずれ始めているのでしょうか。

この辺りの雪景色は本当にクリスマスカードのようです。
樹木の形も積る雪も。広々とした銀世界のなか、木立に囲まれて点在する
カラフルな家の煙突から立ちのぼる煙…

弟子屈のクリスマスフード事情について少し書いてみましょうか。
ケーキを売る店はスーパーやコンビニを入れると10店ほどあります。鄙に
はまれな都会風な味のケーキなら川湯駅前のS店というのが衆目の一致
するところ。

地元の和洋菓子の老舗「更科」(私はずっと蕎麦屋さんだと思って…なぜ
ケーキを売っているのに「更科」なのか?弟子屈出身の詩人・更科源蔵と
関係あるのかも。ケーキ屋さん、更科源蔵氏の縁者?)のケーキは、昔懐
かしいケーキっぽいのですがいろいろ種類がありボリユウムもあります。

チキンのケンタは町にはありません。もちろんマックもミスドもデリバリーピザ
屋もなし。それらは約1時間車を走らせた隣町に行けばあるのですよ!
だからチキンは北海道名物”ザンギ(鶏のから揚げ)”を食べるのが常識 !?


東京の友人が手製のリースを送ってくれました。

2007年10月28日

忙しい秋

 このところ、晴天が多くなり朝夕は冷え込んでいる。半ばごろには紅葉を心配したが、今週の水曜日ごろをピークとしてまあまあのレベルとなったようだ。
 先週から今週はじめにかけて、久方ぶりに風邪をひいてしまった。特に喉をやられてしまい1週間近く静養せざるをえなく、いろいろやっておくべきことがみな延期となってしまい、この分忙しくなった。

 さて、秋は文化的な行事が多い。今週初めから弟子屈町総合文化祭が開催されており、絵画・書道などの展示から芸能発表など町民総動員で、これを見れば町民の文化レベルが判るほどだ。家内も宝生流の仕舞を演じたようで、私はこの文化的行事には参加より見物する側である。一言で言うと若い人達よりご年配の方々が熱心、少子高齢化の世代の動きを見せ付けてくれる。
 次に音楽会も、6日の札幌交響楽団の演奏会、そして昨日今日の恒例の、“花ふらり、ミニミニコンサート”と続いた。札幌交響楽団の演奏会は、会場の文化センターの音響が思いのほか良く、曲目も弟子屈町の豊かな自然にマッチしたもので、多くのお客が来場し素晴らしいものであった。
 そして、ミニミニコンサート、今回はピアノとフルートのアンサンブル、秋の風情と花ふらりからの景色とが雰囲気を盛り上げ、小さなコンサートに魅了された。次は12月8日、9日とホワイトクリスマスコンサートだ。毎回ながら、主催者の熱意に頭が下がる。
 
 秋の日はつるべ落としと言うが、ともかく日が短くなっている。朝夕が寒くなり物事早めに切り上げざるをえない。最後の草刈りをしなければと、家の外壁の塗装、薪割り、エゾノコリンゴなどの若木のエゾシカ対策など、風邪のおかげでこれらがみな延び延びとなった。草は枯れ始めているので省略できるが、あとは何とかやり遂げなければ。ちょっとあせっている。

 さらに今週、“NPO法人ましゅうの里・川湯ガイドセンター”が催した、“川で魚と戯れる”、こんな自然体験イベントに参加した。まさに童心に返った思い、胴長を身につけ、川湯の近くのアメマス川に網を片手に川の中を歩きながら楽しんだ。今の時期は、アメマス、ヤマベ、イワナ、オショロコマが網ですくえ、多かったのはアメマスだが、56cmの大物が網にかかったのだ。網ですくえるなんてこれにはびっくり。参加者は10人ほどだが、皆夢中、こんな体験ができるのも自然豊かなこの地だからこそ。もちろんかかった魚は観察して水の中に戻した。ヤマメ、イワナやオショロコマ、これらは数cmから10cm前後ぐらいのもの、綺麗な魚体だ。
 さらに紅葉、水面にいっぱい散った有様、まさに綾錦でピークの紅葉を楽しんだ。この地域はヒグマの出没地域、人数がそろいガイドに案内してもらうのが一番である。この体験は絶対お勧め、ぜひ興味のある方は問い合わせをしてみるといい。

 まあ、このように忙しい秋を過ごしている。


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 水面に散った紅葉、まさに綾錦!

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 恒例のミニミニコンサート、外の風情が何とも言えぬ。

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 小学生達の獅子舞。

2007年10月20日

秋の楽しみ

先週日曜日に、硫黄山(我家から車で10分ほど)近くのキンムトー(湯沼)へ
ハイキングに行きました。
川湯エコミュジアムセンターが、年に6回ほど主催する「自然ふれあい行事」の
近隣ハイキングです。参加者は30名程、といっても半数は自然ボランティアガ
イドの方々でした。

硫黄山の自然遊歩道途中から、細い道にそれて歩くこと2時間半あまりでキン
ムトーに到着。紅葉が沼の表面に映って、思ったより美しい景色でした。

ここは熊が出没するので有名な場所で、今回のようにガイドさんがついて多勢
で来ないと危険な場合もあるとのことです。私は夫と何回かこの近くまで来たこと
がありますが、二人だけで踏み込む勇気がなくていつも撤退しているので、今回
はぜひ参加したかったのです。景色よりも”熊の出没地”という怖いもの見たさで
参加した訳です。

因みに数人のガイドさんは「熊よけスプレー」を携帯していました。トーガラシ成分
なのだそうですが、1本1万円位の値段とか。他にも熊よけの鈴をつけている人が
何人もいました。

熊は出ませんでしたが、道々キノコ狩りができました。ガイドさんのひとりがキノコ
に詳しくて食用か否かを判断して下さり、私も初めて見る真っ白い”オシロイシメジ”
というのを採って夕食の鍋物に入れて食べてみました。栽培したキノコより香りが
たかいように感じました。
キノコの見分けは難しく、間違えて毒キノコを食べると熊に出会うより危険かも…


水曜日に、私共が参加している弟子屈町のNPO団体の”夏期打上げ”のパー
ティを我家でやりました。14名参加。食べ物は手作りで持ち寄りです。その豪華
さは写真をご覧下さい。この他にデザートの杏仁豆腐、オレンジケーキやフルー
ツもあったのですよ。

翌木曜にはチーズの会関連の行事で鶴居村に行き、狩猟ガイドの方から興味
深い話を聞きました。

Sさんは牧場経営を主としながら、サイドビジネスとして鹿打ちハンター達のガイド
とロッジを経営している方です。ハンター達は全国から集まり、エゾ鹿の狩猟期間
の10/25~2月末までひきもきらないのだとか。大体5日から10日くらいロッジに滞
在して鹿撃ちをするそうですが、Sさんが1日ガイドをすると「ン十万円」で、1頭しと
めれば成功報酬として「ン万円」、それを解体処理する(『皮を剥く』という)のは1頭
1万円とか。ホ~ッ、そういうものなのね。

しかしSさんは牧場経営が本業で、夏の間はそちらに全力投球していると明言。
ロッジも夏は『ファーム イン』として田舎体験のアクティビティプログラムがあるそう
です。またギョウジャニンニク5反歩、ウド8,000本を作っていて、狩猟仲間の口コミ
などで通信販売も好調とか。趣味は庭造りで、大型機械を使って巨石(有珠山爆発
の時の石を運んで)を組み合わせたロックガーデンを自力で製作中でしたが、石の
間に植えた潅木や野の花のアレンジは、なかなかのセンスとお見受けしました。

ロッジの部屋には熊の剥製あり、熊の敷革あり、そしてハンターの男性達が楽しめ
るようセミヌードの女性のカレンダーが堂々と下がっていましたっけ!

2007年09月15日

輓馬!

”見よ! 人馬一体・開拓の息吹!!”という勇ましい惹句は、9月9日に
行われた第34回弟子屈町輓馬(ばんば)競技大会の広告チラシに載ってい
たもの。

その下には大きな馬がソリのような車を重そうにひく写真が大迫力で載って
おり、開催日時や注意事項などは思いっきりバラバラのフォントで表示されて
いて、ゴシック、ポップ体、勘亭流、ヒゲ文字等が大きさや太さもてんでんバラ
バラに散らばっています。
ひとことでいえばかなりダサいチラシなのですが、これがいかにも『田舎のイ
ベント』っぽい味わいで私のハートをわしづかみ!絶対見に行くぞ!と興奮
しました。

実はこの行事毎年あって、私は過去2年とても興味があったのですが都合で行
かれなかったのです。夫は「俺はイヤだよ」と興味無しだったのですが、前の晩
になるとしぶしぶ同行を決意。

さて当日、晴れわたって気分も上々。9時半開場の摩周輓馬場に行くとすでに
見物人も割合入っていて、めいめい持参のイスや敷物にすわり、知合いと挨拶
したりしています。そう、輓馬場は天然自然の中で行われ、コース周囲の柵の
外で適当に見物できます。

競技は馬の年齢順(によって、ひく積荷の重量が変わる。1歳馬メスは250kg)
または過去の実績で分けられ(700kgや900kgをひくレースもある)、計15レース
ありました。出走馬は1レース大体5頭。
コースは直線(300~400mくらい? )で、2ヶ所に障害となる大小の山が設けて
あります。どの馬も最初の小山は難なく通過、それから100mくらい先の大山が
勝負どころで、まさに人馬一体のスペクタクル!

山は砂土で、馬の足がめり込むのはわざと走りにくくしてあるのか、馬の足の保護
の為なのか不明。ここで、前足をひざまづいて上がっていけない馬も見ました。
積荷重量が増えると、どの馬もここで1~2回は止まってしまい鞭を入れられます。
それでも馬のサガなのか、隣の馬がウマく越えて走り出すと自分もがんばって乗り
越える場面が何回か見られました。
         教訓 ”何事にも良きライバルは必要”

騎手の皆様はというと、普通の酪農家や農家のおじさん、お兄さんの感じでねじり
鉢巻、下着のシャツ(とてもTシャツには見えない)、長靴といういでたちなど。太り
気味の人もいて、積荷の重量を増やしているのでは?と…
でも、鞭(ひも状で長い)を入れる時のそり返る様子が何ともカッコいいんだわー!

1レースだけスタート直後に騎手が積荷のそりから落ち、馬はそのまま前進。大山
の障害前で自ら「上りたくない」と判断したのか、コースから外れようとして横の2頭
を進路妨害し混乱。でも賭けはないので騎手も馬もおとがめ無しのようでした。

ゴールには大型トラクターが3台待機して、重い積荷を再度スタート地点に運ぶ作
業をくり返していました。イベントらしく食べ物業者のテント、収穫した農産物の店、
馬具を売る店等もあります。「関係者以外立ち入り禁止」の区域には近隣地域か
ら出走馬を運んできた大型のトレーラーが何台も並んでいました。

特別レース出走のポニー達やなぜか山羊の姿も見えたり。美留和地区の友人達も
来ていて、私の期待通りの楽しいイベントでした。  が、「少し馬がかわいそう」

      

2007年09月09日

お葬式

 しばらく続いた晴れの日も終わり、台風もあり待望の雨の日となり、畑に一雨と望んでいた人々にはほっとした週であった。
 お祭が9月1日、2日とあり、その後にお葬式が4日、5日と続き、なんと忙しいことであったか。私は自治会の役員であったので家内とともにフルに参加し、お祭ではしめ縄作りや玉串奉奠をしたり、お葬式では葬儀の執行副委員長を務めて、田舎暮らしにおける典型的な行事を体験したのである。

 この美留和の地のお葬式は次のようなものであった。まず、葬儀は自治会が中心になって執り行われる。美留和自治会は地域が広いため5つの地区に別れ、その地区の役員である理事が実質的責任者で葬儀副委員長、自治会長が委員長となり、その地区の会員が全員参加して葬儀を進めるのである。祭壇の設置などは葬儀社が行うが、会場作りや会場整理、受付や香典の受け取り、香典の領収書の発行や帳簿付けや費用の支払いなど、さらに遺族・親族や会葬者への食事などの用意などなど、ほとんど全ての作業を分担して地域の会員が行ったのである。遺族は別にして、親族はほとんどお客様として振舞い、まさに至れり尽くせりのお葬式であった。

 私が役員を務めている地区は、美留和の自治会で最大の会員数を占め、都会地を中心とした移住者(小学校の先生を含む)が6割強を占める。これらの人々はお葬式に対する経験がそれぞれ異なり、相当に戸惑いながらも、地元の人達と協力してなんとか葬儀を終えた。特に女性達は、通夜の食事や告別式の日には朝早くから食事を用意するなど大変な負担をこなしてくれた、役員として感謝の気持でいっぱいである。
 しかし、地元の人達は多くが参加したようであるが、移住者は自治会の活動に理解のある人達で半分弱程度、大体決まっているが致し方ない。地元の人達は高齢が進み戦力として期待できずその子供達は町外に行ってしまい、このような行事などは移住者の協力がなければ進めにくいだろう。

 このお葬式の進め方について一言。開拓時代のように貧しく人も少なく広い地域に分散している時代ならばいざ知らず、豊かな時になって何から何まで皆で行う習慣は如何なものか。もう少し葬儀社や様々なサービスを活用し、会員の負担を減らしてはどうか。また、香典の領収書の発行を止めて香典などの管理に親族が責任を持ってはどうだろか。この領収書の発行は北海道の独自の習慣のようであるが、これも開拓時代のなごりか。お金の取り扱いに慣れない人達が正確に領収書を発行し帳簿をつけるなど無理が多い、また問題も出るようだ。

 さて、弟子屈町の街中の人達にも聞いてみたが、確かにかつては同じであったが、最近は大分異なり負担は少なくなっているとのこと。人の流動性が高くなれば、それぞれの個人の問題として個人の負担においてお葬式も執り行われるだろう。
 ともかく大変な行事であり疲れた、田舎暮らしも楽ではない。


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 度々登場する900草原からの摩周湖方面の景色、8月の終り、ムシトリナデシコのピンクの花が見られる。

2007年09月02日

熊野神社お祭

昨日、今日と美留和の熊野神社のお祭で、地元自治会がらみで夫も私も準
備や片付けの手伝いで多忙でした。それに今朝がたには自治会班長のお一
人が入院中に亡くなられたというお知らせ。今日午後からのお祭の打上げ慰
労会では、急遽お葬式の手伝いの打合わせも行うという慌しさ。不謹慎かも
しれませんが「盆と正月が一度に来たよう」でした。

もともと自治会に加入する移住者達(美留和の自治会メンバーは移住者がか
なり多い)は「郷に入れば郷に従え」という気持の強い人達ですが、加入しない
で自分達のライフスタイルを優先する方々もいます。それはそれで全くかまわな
いと私は思います。
しかし、お祭やお葬式でも地元と協力しようとしている移住者達にとって馴染め
ない伝統や風習が多いことも事実です。地元に残っている方達は高齢化し、冠
婚葬祭で地元の風習を守っていこうとしても、それを受け継ぐ若い人達は都市
に出て行って居ません。でもそういう風習に移住者も沿うのが当たり前と思って
いる地元の年配者は結構居るようです。というか、それ以外の考え方やり方が
有るということに気付いていないのかも知れません。

例えば熊野神社のお祭。男性陣はしめ縄作りから神社の清掃、余興会場の
設営、提灯をはりめぐらす作業等々。
女性達は2班に分かれ、社殿の掃除(このお社、正月とお祭の年2回しか開け
ない。賽銭箱もこの時期にしか置かない?? だから社殿をたまに掃除するとホコ
リがすごい)・神棚の飾りつけをする班と、後方支援で彼らの食事(100個近い
大きいオニギリと味噌汁)を用意すると共にお餅を二升五合つき(電気餅つき
機使用)、神棚のお供え餅を作り、寄付寄進者に配る260個の餅を丸めて2
個ずつ袋詰めする班とがあるのです。
ホントに、神社のためにこんな手作業を朝9時から集まって何時間もかけ
てやる必要があるのか?!

さすがに皆で毎年これをやっていたら改良・省略の方向に進むのかもしれませ
んが、美留和の熊野神社氏子エリアは6集落に分かれていて数年に1回の当
番なのです。そして当番集落が張り合っているところもあるらしく「以前○○地区
の配った餅は小さいと言われたから、今年は言われないように大きく造ろう」と
の料理チーフの号令一下、つきたてでアチチの餅を皆で丸め、見せかけ大きく
するために上から平たく潰したりして…けっこう楽しめる…あれ?

お祭の準備と片付けに集まったわが集落の人数は、男性25、女性15名程で
地元の方と移住者の比率は約半々だったでしょうか。

お祭本番といっても、神輿も山車も無いし担ぐ若い衆もいない。地元の小学校
全校児童17名と先生方、カラオケクラブのお歴々の演芸だけが賑やかでお祭
気分にしてくれます。屋台も夜店も地元の方達のボランティアらしいのが2、3軒。
あとはオジサン達がタバコを吸いながらお酒を飲んでいるのが目に付くばかり。
もう冷えた夜気が身に沁みる、北海道の小さい村祭です。

因みに美留和地区の熊野神社の由来は、明治の開拓でこの地域に入った人
達がヒグマの害に恐れをなし、熊を鎮める神社の建立を思い立ったのだとか。
で、ご神体を「熊」の語呂合わせで三重県の熊野の社から戴き祭ったという説
を聞きましたが、ホントかね。

我家に咲く北海道の野の花「エゾノホソバトリカブト」

2007年08月12日

お盆

 前回夏らしくなったと書いたが、やはり安定していない。先週末から今週前半は、梅雨のような曇りや雨が続き北海道らしい夏はどこへ行ったのやら。北海道と言っても広いので、この美留和の地ではと言うべきか。
 このブログを書いている間に天気が良くなっている、太陽が輝いている、ああ、夏らしい!!

 明日からお盆の週、東京や大阪は一昨日辺りから帰省ラッシュが始まっているようだ。テレビで東京駅や高速道路の混雑や渋滞の様子が映し出されるが、ここ道東は殆ど無縁。しかし、年一度わが町の国道の交差点で、信号2,3回待ちの渋滞が発生する。旅行客や帰省客で賑わい、国道沿いの蕎麦屋やラーメン店の店頭に車がたくさん駐車しているのが見られる。ともかく沢山の人が訪れることはいつもと違った気分・雰囲気にさせてくれる、これも非日常の世界を見ることになるからだろう。
 現役時代は帰省とはほとんど無縁、小さい頃を除き東京で育ち東京から出たことが2年間の1度という人間には、なぜ大変な混雑をものともせずに帰省するのか疑問でもあったが、これもこの地に来てなんとなく理解できるようになった。
 要は、互いに非日常の世界に一時であろうと埋没し、それを互いの刺激とし楽しみとするからだ。これがパラパラではあまり効果がない、集中することによりその効果が倍増するのだ。
 残念ながら、我家では娘も息子もお盆とは無縁、仕事で忙しいかどこかに遊びに出かけるのだろう。結局夫婦二人で草刈りや花の手入れに没頭することとなろう。

 ところで、札幌交響楽団の演奏会が10月6日(土)に弟子屈町の摩周観光文化センターで開催されることとなった。プロの交響楽団の演奏会は、この地に来て初めてである。札幌交響楽団の演奏会は6月に厚岸町で開催されそれを聞きに行ったが、会場が音楽ホールとは言えなかったので残念であった。この摩周観光文化センターは多目的ではあるが音楽ホールの要素も入っているようで楽しみである。曲目には『新世界』があり、弟子屈町の雰囲気に合わせた選定であろう。
 一方「花ふらり」のミニミニコンサートは、先月七夕に金管楽器の野外コンサートとして開催された。「花ふらり」の広い庭を舞台に見立て、良い天気と相まって楽しんだ。このコンサートも昨年から6回目、10月27日、28日には秋のコンサートの予定があるようだ。
 10月には札幌交響楽団とミニミニコンサートの二つの音楽会、めったにないこと。ぜひこの機会に弟子屈町にお越し頂いては如何だろうか。

 さて天気が冴えない中、久しぶりに裏摩周の方に出かけた。摩周湖の伏流水の溢れる神の子池、なぜ水の湧き出す所は、透明なブルーなのか。豊かな美しい水、ありがたいものだ。


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 神の子池、毎日12,000トンもの摩周湖の伏流水が湧き出す小さな池。

2007年05月20日

昨日は自治会の花見

 昨日は自治会の夜の花見が催されたが、残念ながらD型ハウスの中での宴となった。開始してからまもなく雨模様となり、しかも寒くこの時期にはやむをえないのである。恒例のジンギスカン、ハウス内には煙が立ち込めたが、近くで採れたのであろうギョウジャニンニクなど季節の素材も加わり、移住者達も地元の人達とともに、よく食べ飲むの楽しい宴となった。
 桜は、大体この時期に開花となる。本州ではソメイヨシノが代表であるが、こちらはチシマヤマザクラエゾヤマザクラが主体である。弟子屈町街中ではこれらが開花し始めたが、美留和ではまだチラホラ、わずかだ。我家の桜はまだ蕾、今週後半と期待している。

 今日は朝から雨模様、午前中は雪が混じっており、気温も4度ほど、本州では真冬と同じだ。5月初めの連休中は天気も良く暖かであったが、月の後半でありながら雪も混じるという状況だ。まだ5月の気候は安定せず、寒暖の差が大きく、花見などには時期的にちょっと厳しいのである。ストーブこそ焚かなかったが、床暖はまだ活躍する。
 天気が良く暖かければ、花の植え付けや外の作業が忙しく、今日のような日は家の中でパソコンなどに向かうのである。

 話は変わるが、D型ハウスは酪農家などには必需品、中は土間で広く、トラクターや飼料などの保管、屋内作業を行うなどその用途は様々であり、移住者でもD型ハウスを設置すれば大変便利であろう。ただ、土地の広さや、周りとの景観の調和など、移住者にとっては検討すべきことはある。
 D型ハウスは無理としても、ある程度大きな車庫兼倉庫は必要だ。車2台分のスペース、物置や簡単な作業ができるスペースを考えて設置したら良いだろう。我家もバーベキューを開いた時、雨のため車庫内で車を外に出して行ったことがある。
 
 移住者には、畑など野菜の栽培を楽しむ人達も多い。家や車庫、野菜畑や花畑のスペースなど、土地活用のバランスを自分のライフスタイルと考えあわせ、できるだけ広い土地を取得した方が良いであろう。なにしろ北海道は一部の地域を除き、土地の値段は相対的に安い。


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 5月初め頃であるが、白樺の樹液の採取の模様。今はもう採れない、葉がまもなく出てくる。
 

2007年01月21日

SL冬の湿原号

 弟子屈町には、釧路と網走を結ぶJRの釧網線が走っている。北海道でも数少なくなっているローカル線の一つだ。釧網線は夏冬に特別列車を仕立てて観光用に走らせている。冬は、このSL冬の湿原号と流氷ノロッコ号だ。SLは釧路と標茶間、ノロッコ号は網走と知床斜里間である。そして昨日今日はSLがさらに川湯温泉まで運転された。

 SLは機関車1両では苦しいらしい、昨日は重連で、今日はディーゼル機関車が連結されていた。機関車はC11、昭和15年製、なんと67年間も経た骨董品といえるものだ。

 今日は、そのSLを川湯温泉駅まで見物に行って来た。真っ白な背景に、真っ黒な蒸気機関車、さらに昨日今日と快晴で真っ青な空と、色彩的に実に対照的で、素晴らしいものであった。昨日は重連運行であったからそれに迫力が加わったことだろう。見ることができず残念であった。
 機関車の汽笛、ボーと響きもなんともいえぬものだ、郷愁だろうか。

 このSL通常、標茶まででなく川湯温泉まで、さらには網走まで全線運行されれば、観光的には効果的と思うのだが、勾配の問題などいろいろ事情があるらしい。

 さてSLの写真を撮るために、沿線にはアマチュアカメラマンの列、時には並行する道路で車からビデオを撮るなど大変な人気である。かくいう私も写真を撮ってきた。風もなく穏やかな日で、良い気持であった。


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 川湯温泉駅で、機関車の前後入れ替えの様子。


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 川湯温泉駅から釧路に向けて出発。


2006年09月24日

そば打ちと釧路川のカヌー下り

 この二つに特に関連はないのだが、先週2日間でこれらを楽しんできた。

 まず、そば打ち。この弟子屈町は、「摩周そば」と言うブランドのそば粉の産地である。北海道はそば粉を生産するところは各地にある。数ある中でも「摩周そば」は通の人たちにも人気のあるブランドだそうだ。そば粉は国内産より圧倒的に外国産のほうが多いと聞いているが、まさに本物の味を楽しめるのである。

 そばはいわゆる2・8そばを打った。しっかりと水に馴染ませ、手早く錬って延ばしていく、この練と延ばしにコツがある。これは経験をつみながら会得していくより方法がない。温度や湿度、粉の水分量などにより、いろいろ微妙な調整が必要だ。錬りあげ延ばし適当な大きさにたたみ、切っていく。それを手早く茹で、冷たい水でしっかりと水洗いしてザルに盛り付ける。これらの工程にもそれぞれコツがあり、一朝一夕で会得できるものではない、なかなか奥が深いものである。
 
 出来上がったものを食べると、新そばで香りがよく、滑らかな舌触りと食感で、自分で打ったものとは思えない旨さと満足感があった。出来上がったものをすぐに食べたからなおさらであったろう。
 良い食材が入手でき、それらを自ら加工して食する。これは都会生活では簡単には出来ない、現地だからこそだ。他にも家内がチーズを作っているが、これもその例であろう。こんな楽しみを満喫できるのが、この地のスローライフである。

 次にカヌー下りである。釧路川は、屈斜路湖を源流とし釧路湿原に流れ込み太平洋に注ぐ。高低差が少なく穏やかで、なおかつ川岸が自然のまま保たれている数少ない川だそうだ。屈斜路湖から、短い距離であったが、1時間半ほどゆったりとまわりの緑を眺めながらの下りであったが、天気も良かったこともあり、大変楽しいものであった。
 カヌー下りはインストラクターが案内してくれるので誰でも楽しめる。本格的に自ら下ってみたらもっと様々な体験を得られるであろうが、まずは試してみることだ。

 釧路川は、弟子屈町内でも少ないが鮭が遡上してくるところを見られるそうだ。それだけ自然がまだ残っているのだ。水もきれいで、場所によっては水が湧き出ているところがある。摩周湖の伏流水が湧き出ているのであろうか。
 この豊かな自然は大切にして、次の世代に受け継いでいきたいものだ。
 この地のスローライフでは、豊かな自然を相手にすることが楽しみのひとつである。

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2006年07月30日

ミニミニコンサートが開催

 今月の18日にはアマチュアの尺八合奏、そして23日にはプロのメゾソプラノとピアノ、バイオリンのコンサートが開催された。美留和に住む移住者の我が友人たちが企画し、前者は川湯の御園ホテル、後者は屈斜路湖近くのペンション宿・花ふらりの協力により、宿泊客や地元の人たちに向けて公演された。

 尺八の合奏者は、東京の7人のメンバーによるもので移住者K氏の元勤務先の会社の先輩達だそうだ。K氏がこの弟子屈町に移住したのを機に訪ねて来られてこのような機会が提供されたもので、温泉地で日本情緒たっぷりの尺八の音色が聞けるのもいいものだ。民謡などの伴奏としての尺八はTVなどで聴く機会もあるが、尺八の合奏はあまりないように思える、40人近くの宿泊客が中心で小さな良いコンサートであった。

 一方、メゾソプラノ、ピアノ、バイオリンは東京で活躍中の若手の音楽家たちの演奏、移住者M氏が彼らの公演を支援しており、地元の人たちに生の音楽を手軽に聞く機会を提供したものだ。ペンションのホールで、2回の公演に地元の人たちがそれぞれ30名ほど聞きに来られ、プロの演奏と本物の音に堪能していた。このペンションの周りの景色、雰囲気ともすばらしく、さらに音楽を引き立たせるものであった。

 これらの音楽会開催は都会地では多くの機会があるが、残念ながら弟子屈町では少ないように思える。これが移住者の企画によるとは言え、地元のためにと開催されたこと、これに意義があるかと思う。自然は豊かでも文化的な機会に恵まれない、このようなことはないぞとの移住者の思いではないか。
 この美留和の移住者たちは多彩である。この移住者の知恵と伝手を生かし地元と協力しながら、弟子屈町における自然と文化の融合なんて考えたら楽しいものではないか。
 そうしたらもっと町の魅力が高まり、移住者も増え観光客も楽しみ町の発展につながる、これを夢に終わらせたくないものだ。

 移住者M氏は今後も継続してこのような機会を企画していくそうだ。次回は11月5日と聞いている。今から楽しみである。こんなところが意外に都会風な田舎暮らしと言えるところであろうか。

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2006年07月06日

ブライアンの送別会

最初に、コメントを書き込んで下さったboscoさん、エールを有難う。
tonakaisanさん、美留和を気に入って下さって嬉しいです。日本に
こんな美しい場所があることに私は毎日感激して暮らしています。

さて、月曜日に”川湯英語サークル”の講師ブライアン君の送別会
がありました。彼は中学校のassistant English teacher として2年
間在任し、その間一般people にも英語を教えてくれたのです。

アメリカ、NY州出身(NY Cityではなく、カナダ国境に近い地方)の
25歳の彼は、我が弟子屈町に住む数少ない外国人。ここでは、
正月が近づくと方々の学校に呼ばれて「餅つき」をしたと、少しウ
ンザリしていました。彼は気の毒にも北海道の海の幸、カニ、エビ、
ウニがアレルギーで食べられなかったのですって。

若い彼は「現在、欧米で自然に使われている英語」を、意識的に
教えてくれました。とても有難かった。

英語サークルの core member は、元教師の80歳代!の男性、
信用金庫の幹部男性、図書館員と保健婦さんのyoung ladiesに2
歳のお子さんがいるyoung Mrs.と私。
週1回、夜7:30~9:00までの授業ですが、家から約10Kmの距離
の教室まで、冬は夜間の雪道運転が恐くて(公共交通機関はあり
ませんから)young Mrs.と私はお休みしていました。

ブライアンの後は、また新任のAETが教えてくれると思います。9月
の新学期が始まり、少し彼(又は彼女)の生活が落着いた頃から。

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先週の我家の庭