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2007年10月14日

明日で移住丸3年

 このところぐっと冷え込み、今日の朝は霜が真っ白に降りていた。10月に入ってもそれほど冷え込みはなく夏の暑さとともに異常ではないかと思っていたが、ようやく本来の気候に戻ってきた。おかげで紅葉が遅くなり、今日のように冷え込み0度以下になると、かえって紅葉を通り越し、葉が散り始めてしまうようだ。
 今日は自治会の行事で和琴半島を散策し、帰りには屈斜路湖畔を通ってきたが、紅葉は冴えず、今年はこのままでは鮮やかな紅葉はあまり期待できないのではないかと心配している。

 昨年の今頃、『移住して3周年目へ』の題で書いたが、では丸3年経った今はどうだろうか。答えは同様、満足し楽しくスローライフを過ごしている。夏は草刈りに、冬は雪掻きに明け暮れ、その合間にプールに通い運動をせっせとし、家の塗装などの手入れ、薪作り、などなど同じようなものだ。しかし、飽きない。草刈りも、やり方次第で綺麗に仕上がり、庭には新たな木を植えてみるなど、庭の模様も少しずつ変化し、ともかく退屈することがない。
 また、今年も我家の庭でヤマブドウが採れ、低い所は良いが、高い所にも沢山成っていたのだが取れずそれは小鳥達へのプレゼントとした。現在ヤマブドウ酒へ加工中だ。こんなことも昨年と同じようだが、収穫の喜びや加工の楽しみなど飽きることがない。
 我家にはスモモの木が4本ある。5月に真っ白な花が咲き、9月に実がなり収穫する。この付近に、エゾノコリンゴやクラブアップルを植えている。これらも5月ごろに真っ白な花が咲くようで、スモモなどと一緒に咲けばどんなに綺麗なことか、こんな期待を持ちながら植えたのだが、その実現は何年後のことか。次の世代のことを考えると、今からできることをやっておこうという気持になる。
 
 今年の雪はいつ頃だろうか。先日の新聞で太平洋赤道付近にラニーニャ現象が見られ、4年ほど前に北海道に大雪をもたらした状況に似ており、大雪の可能性があるような記事を記憶している。その4年ほど前の冬に、下見に美留和を訪れたが、大雪で中標津空港に降りる予定が千歳となり、来るのに苦労したこと覚えている。美留和はそのため一時孤島のようになり大変であったと、我家の前の所有者から聞いている。そうならないように祈っている。今日の冷え込みで真っ白となった庭を眺めながら思い出した。

 今のところまあ健康だ、腰痛には少し悩まされているが、ほかに問題ない。健康だからこそこんなことが言えるのだ。この美留和の地にも新たな移住者が見られるようだが、健康上の問題から戻ってしまう方もいるようだ。この地に移住された方達は、みなこの雰囲気を楽しんでいる、これが出来ないのは残念でならないだろう。


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我家の今朝の庭、一面に霜で真っ白。木々もスケルトンになりつつある。


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今日の和琴半島、紅葉がイマイチ。これからか?

2007年06月03日

移住の友人また増える

 先月の終わりごろから、北海道らしい清々しい晴天が続いている。5月は全般に天候が不安定であったので、このまま落ち着いて欲しいと願うものだ。陽射しは強く風は多少冷たく、暑くもなく寒くもなくて汗をかくこともなく、北海道の過ごしやすい典型的な天候かと思われる。

 このブルグを書き始めたのは、ちょうど昨年の今頃、1年が経った。この間にも、移住者は少しずつではあるが増えている。なにしろ北海道への移住実績では、道内第2位なのだ。4月の終わりに岡山から移住されたI氏、この方はマッサージや鍼の専門家、早速お世話になっている。お年寄りや酪農家など、腰などに問題を持つ方が多いのだから地域に貢献できる方だ。
 この方は、弟子屈町に家と土地を求めようと昨年から検討されていたが、希望にかなう物件が見つからず、まずは市街の借家に移住しこの地で生活しながらじっくり物件を探そうとされている。なにしろ都会ほど不動産物件は多くないのだから、生活するうちに人との交流の中からそのうちひょっと見つかるかもしれない。

 一方、既に弟子屈町市街に移住されており、美留和に土地を求め家を新築されたT氏もいる。家は既にほぼ完成しており、北海道産のカラマツをふんだんに使った家で、構造材としてもまた表装材としてその木肌を生かした家である。この家を設計したのは釧路の1級建築士T氏、基礎のコンクリートにヒーターを埋め込み深夜電力を利用して床暖とする、また道産材を使用し地産地消の補助金を活用し建築費を抑えるなど、専門家ならではの工夫が見られる。まもなく引越であろうが、東京から移住された方である。2階の窓からは、遠くの山などが見渡せ素晴らしい景観である。
 前に家内が美留和の家々という写真を掲載した、みな特徴のある個性的な家である。このT氏の家もそれに並ぶものだ。
 
 北海道へ移住し土地と家を求めるにあたっての観点は、予算とライフスタイルだ。定年退職後であれば、ある程度予算には余裕があろう、その場合は広い敷地、広い家できれば平屋、北海道ではそれが可能となる。ライフスタイルは、温泉のある生活、野菜や花などに囲まれた生活、スキーや登山などのスポーツに囲まれた生活、景観を楽しむ生活など、いろいろあろうが、共通点は自然豊かな生活であり、これらのいくつかの点で場所を絞り込むことになろう。実際はなかなか見つからず、時間と足が必要なのが現実だ。

 ところで、このところ天候が落着いたので今年初めての草刈りを行った。昨年は6月の半ば過ぎに行い時期としては遅くなった。道具も揃っているので今年はタイミングを失することなく草の伸びを見ながら、乗用の草刈機と手動の刈払機を使っての2日間ほどの草刈りであった。


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 T氏の新築の邸内。道産のカラマツがふんだんに見られる。

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 5月終わりの草刈り前の庭。伸びすぎず、このタイミングで実行。

2007年05月06日

弟子屈町の移住実績は道内第2位

 ゴールデンウィークは今日で終わり。天気もそこそこ、ここ弟子屈町にも道内や本州などから多くの観光客が見えたようだ。3日であったか、町内の国道の交差点、鈴蘭の交差点で久方ぶりに、信号待ち2回ほどの車の渋滞を見た。お盆の時期とか、限られた時にしか見られない、それほど車も少なく長閑な所なのだ。
 日が出ると気温も上がり、それに比例するかのように、草花が成長している。庭の草も伸び始め今月末までには草刈りが必要となりそうだ。

 さて、4月29日の北海道新聞に、道庁の昨年度の移住促進事業の実績報告が報道されていた。それによると、移住先人数は函館が25人で1位、この弟子屈町は20人で第2位だそうである。これは、各市町村が移住相談窓口を設け、そこを通じて移住に踏み切ったケースを把握したもので、総数は133組、273人に上るそうである。
 この第2位には正直な所、驚きである。この数字は相談窓口を通じた数値であり、そうでないケースもあろうから実際はもっと多いのかもしれない。
 実際、我々の周囲を見ても知っているだけで、この美留和には6人、他にも3人ほどいる。それだけ弟子屈町は移住先として魅力があるのである。このあたりは、いろいろ述べている。
 弟子屈町は、ホームページに移住窓口(http://www.town.teshikaga.hokkaido.jp/iju.html)を開設し情報提供や移住ツアーを実施するなど力を入れており、その成果であろう。

 ある雑誌を見ていたところ、投稿欄に道内の40歳代の男性で、道庁の移住促進に次のような意見を述べておられた。団塊世代の移住促進は、当初は経済効果が期待され、今は元気でもいずれ介護や医療費負担のことが問題となろう、10年、20年先のことは考えられているのだろうか。と言うものである。
 それも尤もなことであろうが、なにもしなければ、人口減はますます進行するのみである。道内はごく一部の市を除いては、仕事が少ないために若い人達は集まってこない。道庁などは、企業誘致など仕事を確保する為の努力はしたであろうが、このグローバル競争の中、その限界が見えているのである。
 人来たればビジネス来る、ビジネス来たれば人来る、人と仕事のポジティブスパイラルに乗れば、敢えて団塊世代の移住促進はする必要はないのである。

 話は変わるが、草刈りや薪割り、草花の手入れなど様々な作業がこれからである。乗用草刈機、刈払機のオイル交換や整備、チェーンソウの整備、さらに車の冬タイヤから夏タイヤへの交換など、いろいろ行った。庭に樹木の移植などもある。
 また、腰痛に悩まされながら、外の作業に精を出す。

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 町内の900草原観光牧場から見た風景。

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 我家の庭、草が伸び始めている。

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 近くの水辺の水芭蕉。


2007年02月04日

町主催の移住体験ツアー参加者が来訪

 昨日、弟子屈町が主催し募集した冬の移住体験ツアーの参加者の皆さんが我家を訪れた。神奈川、京都、大阪より来道された3組4名の方々で、バリバリの現役か定年退職には今しばらくと言う将来の移住希望者である。実際の移住者との触れ合いから様々な情報を掴んでほしいことと、冬の気候環境の厳しさを実感してもらいたいとの狙いだ。雪掻き、雪道運転、北海道の住宅や寒さなど、またスノートレッキングなどの冬の楽しみ、そして温泉と通常のツアーには無いことなどを含んだ体験ツアーだ。
 今すぐの移住でなくとも、移住体験を通じて口コミで町や移住のことがこの方々から広まれば、この体験ツアーを主催した目的は充分達成されるであろう。微力ながらこの催しに協力した。

 このような現役の人たちと我々のような定年退職者など、様々な世代が移住すれば理想的であろうが、現実は厳しい。現役世代にとって一番の問題は仕事のこと、次は教育のことであろう。教育のことは低年齢であれば、少人数で落着いた教育環境などを考えると好ましいとも思える。しかし仕事は、相当周到な準備をしておかないとこちらで探すのは大変苦労するであろう。
 この美留和の地にも現役世代の移住者が数組住んでいるが、ほとんどが東京などの移住前の地での仕事を引き継いで、こちらでそれをこなしている。ITや著述業など、要するに頭で考える仕事であり、通信環境さえ整っていれば場所はそれ程問題とはならない。これらの人たちは東京などによく出張して、情報収集や人とのコミュニケーションに努めているようだ。
 こちらで会社勤めというような形はなかなか難しいのである。

 その点定年退職者は縛りが無く、豊かなスローライフを楽しむとの考えを持てば、あとは実行あるのみである。年寄り人口が増えるとの指摘もあろうが、定年退職者はある程度の経済的自立力をもっているから、このような移住者が増えれば経済効果も期待でき、それが新たな仕事を生み出すことも考えられよう。わずかではあろうが、次の世代の移住環境ができるとも言える。

 ともあれ、時間が少なかったのが残念だが、家や周りの環境、暮らしぶりなど見てもらい、懇談を通じてこの地への移住の楽しさや問題などを理解して貰えたようだ。道内ではこのような催しがいろいろな町村で開催されている。ある意味では競争だ、継続することと特徴を持たせること、反省を踏まえて次回の開催を考えてほしい。
 なお、町にはホームページを通じてもっと町に関する基本的情報を含め、さまざまな情報発信を要望する。


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 見上げた真っ青の空に白い樹氷、このコントラストが好きだ。

2006年12月03日

ブログを開設して半年

 早いもので、春から夏、秋にかけての半年が経過した。家内と二人で、毎週交互に書き続けている。今後も継続するよう努力し、弟子屈町移住に関する情報を発信していきたい。
 弟子屈町移住に関しては、町が主催の移住体験ツアーに参加を検討してみるのも良い方法だ。来年2月2日(金)から4日(日)にかけて、冬の厳しさを体験してもらおう、との企画だ。詳細は、このURLを参照していただきたい。
 www.town.teshikaga.hokkaido.jp/ijutour/tour.html

 さて先週、家内が『虫』についてずいぶん恐ろしくなるようなことを書いていたようだが、自然が豊かであれば、その証として『虫』が多いのは当然であろう。都会からの移住者は、恐れることなく、移住を考えて欲しい。

 私は、家内に比べると、“虫に好かれない”方である。しかし油断すると、後の祭りであるから、外の作業をする時は虫の侵入を阻止すべくしっかりとした対応をする。まずは『つなぎ』、そして『長靴』を用意する。両方とも、ホームセンターなどで沢山売ってはいるが、長靴は丈夫で足に馴染み履きやすいというものが少ないようだ。作業は大変なので、足元がしっかりしているのは重要なことだ。インターネットなどでも探せるようだが、やはり履いてみないと何とも言えないので、二の足を踏んでいる。近所の移住者の奥さん達の間で、良い長靴が欲しいな、という話題が出たようで、家内は「うーん、ここは田舎なんだなー」と苦笑していた。
 つなぎも、生地のしっかりしたものを選んだ方が良い。さらに手袋、これも大切。私は軍手にゴムをひいたものを愛用している。これも手にフィットしたものを使っている。
 あとは、厚めの靴下を履き首の周りにタオルを巻いて帽子をかぶり、こんな姿で外の作業をしている。これでも、虫はどこからか侵入し、体をチクリと刺すのである。しぶとい!
 
 虫の中でも、スズメバチ、特にオオスズメバチ、こいつは怖い。車庫の中に入ってきた時など、ブーンと低い不気味な羽音が聞こえ緊張する。幸い今年は少なかった。昨年は誘引用のペットボトルを6本ほど仕掛けたが、たくさんのスズメバチを捕まえ、車庫の中に巣を作るのを阻止できた。

 虫ではないが、我家の寝室の換気扇の中にこうもりが住み着いていたことがあった。夜中にガサガサするので、何度も探したところ発見し、手の平に入るほどの小さなものであったが、捕まえた時は噛み付いてきた。また、夜に居間に入ってきたこともあり、捕まえるのに大騒ぎであった。

 以上は、夏の話で、これが冬となると、つなぎや長靴などは防寒用の分厚いものとなり、虫一匹いない白銀の世界で、除雪作業などに取り組むこととなる。
 都会では、街に着て行く衣服に気が向くが、こちらは作業時の衣服などにと、所変われば品変わる、と言うことであろうか。
 
 11月29日の未明から30日の朝にかけて本格的な雪が降り、いよいよ冬本番となった。これが根雪となるかどうか。

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2006年10月22日

移住して3周年目へ

 今月の15日で移住3周年目を迎えた。この移住は一言で言えば良かったと思っている。 そこで再度振り返ってみる。

 定年退職し4ケ月後には、この美留和の地に移住した。ライフスタイルとして選んだこのスローライフ、想像していた以上に肉体的な活動が多かった。運動ではない、肉体作業である。夏は草刈り、冬は除雪作業、薪作りだ、庭仕事などなど、都会生活ではほとんど縁のなかった作業が多く、そのため肉体を酷使し、足腰、腕などの痛みに悩まされたのであるが、まだ耐えられる年齢であり、ぼやきながらも楽しんでいる。
 また、こんな作業の合間をぬってと言うか、道内を旅行したり東京に戻ったり、適宜この地ならではの活動、例えば家内はチーズ作り、私はそば打ちなど、ほかにもいろいろあるが、ともかくできることはやってみた。これは、家内の方が積極的だが、まわりの移住者の奥方達を見てもその傾向が強い、移住・スローライフへの転換成功は妻の積極性がポイントではないか。一人より二人のほうが楽しいし、少しでも多くのことを楽しみ、健康で体がついてくるには早いに越したことはない。
 
 さて、移住への準備は定年3年前ぐらいから意識し始め、具体的な活動に入った。当初は、どこが良いのか移住地の選定で東京近郊などをいろいろと訪ねてみたものの、経済的な面や希望などと合致するものはなかった。自然が豊かであり、余裕のある土地・家、温泉があったりなどと、欲張り過ぎた希望であった。
 移住を意識する前にはシンガポールに赴任していた。ほぼ赤道直下の常夏の地に生活していたことが、全く逆の気候で豊かな自然がたくさんある北海道の地を選んだ要因だったかもしれない。

 北海道に的を絞っても、美留和にたどり着くには時間がかかった。当初はインターネットで探し当てた札幌近郊などを数回訪ねて検討したが、冬の雪の多さ、冬空の様子などが気になり、利便性は高いものの、他の地を求めて検討を続けた。
 そんな中で、通勤電車の中で見た広告から、開発業者とこの地の存在を知り、さっそく訪ねて検討を始めた。7月15日のブログに書いたとおりである。
 かねて道東方面を旅行した時の印象が選定に大きく影響したこともあり、旅行体験は結構重要なことと改めて思った。

 もう一つのポイントは運が良かったことだ。家内の知人の親戚がこの家・土地の所有者であり、その所有者がたまたま諸事情からこれを譲ってもよいと言う機会にめぐり合えたことだ。私の欲張った希望にほぼ一致したのは言うまでもない。

 移住地探しは手間隙を惜しまず、友人知人あらゆる手立てを尽くし、時間をかけ充分検討し、決まったなら速やかに実行し、大いに楽しもう。

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2006年07月15日

この地への移住のきっかけは

 6月に上京した折に東京の蒸し暑さを久しぶりに体感した。東京もそろそろ梅雨明けが近いのか、天気予報で猛暑の様子が伝えられている。北海道の気候に慣れると、よくあの蒸し暑さに耐えてきたものだ、とつくづく感心してしまう。一昨日、こちらは暑かったものの夕方ともなればその暑さは遠のく。冬の寒さは厳しいが、夏のこの爽快さは北海道の良いところで移住のきっかけの大きなもの、移住者共通の思いであろう。

 北海道は広く、自然豊かな地はいたるところにある。しかし、風景など自分に気に入ったものとなると、具体的にはなかなか見つからないものである。私達も、北海道と考えても当初は同様で、結局旅行などで訪れたある程度具体的イメージの掴める地が検討対象となった。
 この地の選択要因は、道東旅行時の印象が強かったこと、家内が若い頃ヨーロッパに旅行した時のイメージと道東のそれが重なったことであった。さらに弟子屈町になったのは、通勤で利用していた地下鉄で弟子屈町美留和の地を開発した地元業者の車内広告に目が留まったこと、さらにこの家と土地の前所有者とめぐり合ったこと、この家と土地はその地元業者の開発に関連したものなどであったことだ。いろいろな偶然が重なり最終的に移住の地となった。

 この移住ブログを書いておられる方々も、北海道へのそれぞれの思いの中の大きな印象がきっかけとなり、それを手がかりに様々な地を訪れたりしながら、移住の地を選択されているようだ。私達は、前に述べたようなきっかけからこの地への絞込みは早かったように思うが、四季折々の確認など、特に冬の様子の確認は重要であったが、前所有者の好意もあり時間をかけて検討できたことは幸運であった。

 印象が強かった所、これが最大のきっかけになるように思えるが、そこにどんな具体的イメージ、利便性や特徴を求めるのか、これらを整理し絞っていくと求めている移住の地が浮き上がってくるように思う。但し、自然を求めると都会生活で考えている利便性は得られないこと、これは覚悟しなければならない。

 移住地候補が絞られてくれば、かならず現地に出向き四季の様子、周りの人たちの意見など、さまざまな情報を得て整理して、その上で決断だ。現在北海道は移住促進のため市町村が窓口を定め相談にのり情報を提供してくれる、大いに利用すべきだ。私達が検討を始めた頃は、残念ながらその体制はなかった。

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2006年06月05日

あえて『都会風な田舎暮し』とは

ブログデビューのMSです。

「田舎で暮らしたいけど、田舎風には暮らしたくないわ」と言った
近所の夫人がいますが、言い得て妙。
まわりの自然や住環境は変わっても、都会の人が今までのライ
フスタイルをあまり変えずに”田舎暮し”することはできます。

毎日”家庭農園”をやるのもなんだかなーと思ったり、さぞかし
不便な生活になるだろうとアレコレ思い煩って”田舎暮し”を決断
できない人もいるでしょう。

そんな人達へのメッセージ&アドバイスになればと思って、この
ブログを書いていきます。
日常生活ありのまま、そこから見えてくるものは果たして??

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先週の我家の庭

2006年05月31日

美留和への移住

 移住を考え始めたのは、2001年ごろ約5年ほど前。定年後の姿の具体像が見えない中、田舎暮らし・スローライフもいいじゃないかと検討を始め、人の縁や運もあり、紆余曲折を経ながらこの地に移住を決断、現在に至る。この過程はおいおいと紹介していきたいと思う。

 二人共ほぼ東京育ち。サラリーマン時代も、いわゆる転勤の経験は50代半ばの2年間の海外勤務だけで、都会生活に慣れ切った身で移住をした。それは2004年の秋であった。

 この美留和は道東の弟子屈町にあり、我々の年代では名横綱大鵬の出身地として知られていると思うが、摩周湖と屈斜路湖の間にある地で、共に車で20分ぐらいで行ける。水と温泉に恵まれた自然溢れる風光明媚な所。草原と林に囲まれた広い敷地の家に住み、田舎暮らしでありながらも意外に都会風な生活を送っている。
    
 このように田舎暮らしを始めてはや2年近く、この間の暮らしぶりも含めながら、夫婦でこのブログを書き続け紹介していきたいと思う。