元Google社員番号70番の人のお話
2006年春ごろ、札幌ビズカフェが運営する北米ハイテクジャーナルが縁となって来札された、元Google社員でアメリカ在住華僑のキンサングナワンさん(当時37歳)に、シリコンバレーでのビジネスキャリア形成、最近注目しているITトレンドなどについてお話を伺う機会があった。いわゆる、本物のフューチャリストクラスの人がイメージした近未来のお話は示唆に富んでいた。
面白いお話なので掲載します。許可も頂いたし・・・。
下記、当時の北米ハイテクジャーナルサイトからの抜粋です。
日本でもIT企業とマスメディア企業の提携が昨年あたりから始まっている(注:ライブドアのニッポン放送買収や楽天とTBSの業務提携など・・・)ようですが、アメリカではすでにITと既存メディアのビジネス領域が本格的に重なり合う時代に入っていると感じます。
その代表的な事例として、昨年暮れにグーグルがアメリカで先行開始したグーグルベースというサービスがあります。これはひと言で言えば、「なんでも情報共有サイト」で、商品、サービス、イベント、不動産賃貸、求人広告などの生活情報を誰でも地図にぶら下げてアップできて、検索できて、共有できるサービスです。
このグーグルベースが、アメリカ各新聞社の経営を支えるクラシファイドアド(案内広告)に取って代わっていく様子が、今年は次第に明らかになると思います。おそらくアメリカの新聞社は今後10年同じ姿で残らないと思います。
10年前に、シリコンバレーのITベンチャーは資金面で非常に苦しんでいました。もし、そのときに新聞社などの既存メディアが資金や経営的なバックアップを彼らに対して行っていたならば、状況は現在とまったく異なっていたかと思います。しかし、クラシファイド(新聞経営)に関しては”It’s too late”という感じです。
最近のメディア・パブや渡辺千賀氏のエントリーで、アメリカ新聞各社の苦戦ぶりの記事を拝見して、約1年半前のこの話を思い出した。現在のところ、予言どおりに事は、進んでいるようだ。
<キンサングナワン氏の略歴>
・1969年、インドネシア生まれの華僑。
16歳のときにシリコンバレーに渡り、高校を飛び級で終えて、イリノイ大学を20歳で卒業。
ナショナルセミコンダクターに入社。ボーイング社の飛行機のナビゲーションシステムに
使われているマイクロコントローラーの設計に携わる。
・95年にインテルに移籍。
CPU「ペンティアムプロ」のメモリー機能を強化するための回路設計を担当。
その間にイリノイ大学で物理学と工学の修士とサンノゼ州立大学でMBA(経営学修士)を取得。
・96年にインターネットポータルのエキサイトに移籍。
サーチエンジンの開発や、複数のインターネットユーザーの間でウェブブラウザーを通じて
リアルタイムに情報更新を共有する”JotSpot”というプロジェクトに携わる。
・99年には社員番号70番でグーグルに入社。
サーチエンジンを支えるクラスターコンピュータの設計を担当。
※クラスターコンピュータとは、無数のパソコンを一つのサーバーとして
利用する技術で、これによってグーグルは検索処理サービスを
他社から抜きん出て効率的に提供できるようになった。
15,000台ものPCを並列的につないで、23億(当時)のウェブサイトを
毎日巡回して解析するとともに、ユーザーからの膨大な
検索リクエストに対して瞬時にレスポンスする仕組みだった。
・2004年にアメリカの代表的なSNS運営企業であるFriendsterに入社。
グーグルで培ったクラスタリングの技術を活かし同社のサーバー構築を担当。
入社当初300台程度だったPCサーバー群を1万台ぐらいに増やす。
しかし、Friendsterのマネジメント方針が自分には合わなくてすぐ退社。